八幡市観光情報ハウス日記


やわたボランティア観光ガイドの日常活動をご紹介しています


石清水八幡宮瑞籬のカマキリと祇園祭「蟷螂山」の縁を訪ねて

平成28年7月14日に石清水八幡宮・国宝指定を記念して当協会が企画した標記行事に協会メンバーを含む28名が参加しました

  石清水八幡宮で昇殿参拝の後、瑞籬(みずがき)のカマキリが、祇園祭の「蟷螂(とうろう)山のルーツ」と神職の方から聞き、みんな”びっくり”。山を下り、一路京都市内へ移動。

  蟷螂山町で、保存会世話役の方から、蟷螂山についてエピソードを聞き、山の見学を行いました。

  「”蟷螂の斧を以って隆車(りゅうしゃ)の轍(わだち)を禦(ふせ)がんと欲す”(注1)という中国の故事の説明を受け南北  

  朝時代、足利義詮軍に挑んで戦死した四条隆資(1292~1352)の戦いぶりが“蟷螂の斧”のようであったとお聞きし、 

  更にその例えにびっくり」

  35年前、新しいカマキリ(石清水八幡宮に倣った)になった。旧のカマキリより大きくなり、動きも多様になった。」(写真  

  参照)

  「祇園祭の山鉾の中でからくり(動くもの)が施されている唯一のもの」

  「一時期、山の構成備品が売られ、それを取り戻すのに非常に苦労した」

  「懸装品の中には数千万円するものもあり、維持するのが大変である」

  「らち(山、鉾を囲む柵、覆い)の中に入り、蟷螂山の構造・カマキリの動かし方を見学。本番は5人でロープにより動か

  す。中は蒸し風呂状態で、動かすのが一苦労」

  「マンションが多くなり町内で山を運営することが厳しく、将来が心配である」

 等々、本当に苦労されている様子が肌で感じられました。

 今後とも、蟷螂山保存会が石清水八幡宮と、より密接な関係を持ち続けられることを期待します。

  

      (注1)カマキリは、斧に似た前足をあげて進むことしか知らず、退くことを知りません。自分の力量をかえ   

     りみず相手に立ち向かっていきます。又、「カマキリが人間だったら天下をとっていただろう。」と四  

        条隆資に掛けて言っています。

  (注2)「らち」が開かないと言う言葉の語源。ただ、『「らち」は開きます』との説明後、中に入って大笑い。                                                                            

                                                                     (19160714 NT)

 


流橋と浜茶を訪ねて

515()、やわた観光ガイド協会主催の『日本遺産、日本茶800年の歴史散歩「流れ橋と浜茶を訪ねて」』に参加しました。参加者は会員を含め24名で、浜茶の摘み取りを見て、3月に開通したばかりの長さ356mの流れ橋(上津屋橋)を往復しました。そのあと製茶工場で碾茶(抹茶用のお茶)の製造工程を見学、美味しい冷茶もいただきました。最後に、流橋焼の喫茶去さんで、お茶インストラクター、松田氏によるお茶の入れ方の解説を聞きながら、和菓子源氏巻と冷たい碾茶(冷茶)と抹茶をいただきました。参加者に「夏も近づく八十八夜」の雰囲気を味わっていただきました。


 5月11日 第3回新人勉強会の実施


5月11日、単伝寺にて昨年の新入会員を含め協会メンバー13名で勉強会を実施しました。中村会長より単伝寺の概要(走り大黒天・救苦観音・五大釈迦の言われ)の説明があった。また、この寺は”落書き寺”と言われる如く、大黒堂内部の白い壁に、努力だけでは成就できない願い事が隙間なく書かれ、仏頼みで満杯でした


 5月4日開催、石清水八幡宮、灯燎火の奉仕活動に参加


 午後7時30分から9時30分まで、5名が献灯の受付補助業務に参加しました。今年は、旧来(昨年は4月)の5月4日に実施され好天に恵まれたこと。本殿が国宝に昇格したこと。京阪電車のPR効果等が相まって例年を大幅に上回る参拝者で賑わいました。特に昇殿参拝は人気で30分以上の行列待ち、邦楽の生演奏には多くのファンが聞き入っておられ好評でした。 


和菓子の老舗、志゙ばん宗(じばんそう)の御紹介


 観光情報ハウスでは、昨年末から、志゙ばん宗(じばんそう)」への行き方を尋ねる方が急増しています。テレビ番組で紹介された「生ういろう」が目当てですが、ういろうは、すぐに売り切れてしまいますから、確実に買うには、朝電話予約が必要です。075-981-0064 開店9-18時。定休日:毎週火曜日と、第2、第3月曜日)。八幡市駅から、歩いて約10分と、比較的近い場所にあります。 もちろん、他の和菓子や洋菓子もあります。いずれも200円以下のお手頃価格です。 

 志゙ばん宗(じばんそう)は約300年の歴史のある和菓子の老舗ですが、少し変わった店名には由緒がありそうです。

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インタネットで検索すると、「1730年(享保15)、東高野街道の宿場町・清水八幡宮の門前町である八幡(やわた)において、鍛冶屋宗兵衛が創業。屋号の志"ばん宗(じばんそう)は、地名の「志"ばん」と創業者の名の一文字「宗」を合わせたものという。」と記載されていました。

  八幡市の地名で、「じばん」というのは聞いたことがありません。図書館で「八幡町史」を参照すると、やはり小字名で「じばん」というのは見当たりません。そこで、江戸時代の地域名をチェックしてみました。店のある場所は、八幡荘内四郷(うちしかごう)の「常盤郷」に属していて、その中の町名として、「常盤」が掲載されています。 また、「八幡の歴史を探求する会」の会報、http://yrekitan.exblog.jp/24627895/ 掲載の 歴史研究家 谷村 勉氏の研究報告には、店の東西方向に通る道が、「常盤(ときわ)」で、南北方向に走る道が、「高野(こうや)道」とも書いてあります。 「じばん」が地名だとすると、どうやら、「ときわ」の音読みの「じょうばん」が、「じばん」に転訛したのではないかとも思います。

  すごく変わった店名なので、店の従業員に来歴を聞いたのですが、「知らない」と言っていました。

  もし、店名の由来をご存知の方があれば、お知らせください。 


3月30日、石清水八幡宮美化活動に参加


    3月30日午前10時より12時まで、当会の有志6名が、石清水八幡宮社域の清掃奉仕活動をしました。


歌舞伎「双蝶々曲輪日記」の舞台となった引窓南邸跡」の碑再見

 数年前まで、八幡宮一の鳥居前から科手町の岩神を経て、橋本町へ通じる山端に古家と立本医院の洋館があり、その道傍に「引窓(ひきまど)南邸跡」と書かれた石碑が立っていました。引窓とは屋根にあけた、綱を引いて開閉する明り取りの窓です。開閉による明暗は昼夜を示すと同時に人の心の明暗をも示しています。浄瑠璃や歌舞伎の「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」の8段目(八幡の里引窓の場)の「引窓」は、この引窓と八幡宮の儀式の放生会(ほうじょうえ)をうまく取り込んだ、竹田出雲・三好松洛・並木千柳(宗輔:そうすけ)の1749年の合作作品です。

 詳しくは、歴史研究家 土井三郎氏の記事 http://yrekitan.exblog.jp/21403666 を参照下さい。

(放生会は秋に行われ、男山のすそ野を流れる放生川(正式名称は大谷川)の安居橋の辺りでは鳥や魚が放たれます。

 この儀式は能の「放生川」にも取り込まれ、能では放生の利益などが語られます。)

 現在、引窓南邸跡は、更地になって、「引窓南邸跡」の石碑は、上段写真に見るように、八幡市駅前の「観光情報ハウス」裏の路傍に無造作に横たえられています。

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 引窓南邸の碑:(W190×D200×H1170) 【碑陽】引窓南邸跡 西二丁 常昌院 南一丁 神応寺

                     【碑陰】昭和二年九月 京都三宅安兵衛依遺志建之

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  八幡市駅前近くには引窓の家が多かったようで、芝居には「南与兵衛」という人物が登場しますから、その邸の跡ということになります。ただし、芝居自体はフィクションですから、モデルになった家が、この辺りにあったということでしょう。

 下の写真は、更地になる前の「引窓南邸跡」と、石碑です。


一寸法師と石清水八幡宮との関係


 観光情報ハウスの来訪者の中には、いろいろな知識や趣味をお持ちの方が多く、質問も多彩です。

 昨年末、「石清水八幡宮に一寸法師関連の言い伝えがあると聞きましたが、一寸法師を祀ったお宮はどこにありますか? 」と聞かれて、絶句しました。一寸法師は、「♪ お椀の舟に箸の櫂、京にはるばる上りゆく ♪」という童謡がありますから、住吉大社を出発し、淀川を遡り、八幡を通過したと思われますが、途中で八幡に逗留したのでしょうか?

 いつも頼りにしている「八幡の歴史を探求する会(歴探会)」 のブログ  http://yrekitan.exblog.jp/ には、「一寸法師」のキーワードは見当たりません。

 インターネットで検索すると、川向かいの大山崎町にある宝積寺の小槌宮には、聖武天皇が夢で竜神から授けられたという「打出」と「小槌」(写真参照)が祀られていて、「宝寺(たからでら)」や、 「一寸法師伝説の寺」の別名があるそうです。

 一寸法師が、京で暴れる鬼を退治するために淀川を上り、途中、山崎で下船して、ここ宝積寺で修行を重ね、その後京に上って見事に鬼退治を果たした、との伝説も残っているそうです。(下の写真は、左端は小槌宮、中央は小槌宮所蔵の打ち出と小槌、右端の一寸法師像は、住吉大社のものです)

 石清水八幡宮と一寸法師の関係は見つかりませんでしたが、「古代史の謎百問百答(関裕二)」のQ.71には、「石清水八幡宮の伝承によれば、八幡神(応神天皇)は、誕生した時、すでに三歳の童子で、竹の葉の上に出現したとあるので、一寸法師に似ている」という記述があります。また、「一寸法師殺人事件(田島恒)」のP.79にも「一寸法師は、応神天皇をモデルにした」という説が紹介されています。また、応神天皇の子の仁徳天皇が一寸法師のモデルだという話もあります。

http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/kwch/issunbousi.htm  

 おとぎ話なので、モデルについてはいろいろな憶測が可能ですが、「石清水八幡宮は、一寸法師とは無関係です」というのが正しい答えだと思います。 


「考古学から見た京都の歴史」講演を聴講しました


4月13日、京都市の京都文化博物館別館で開催された講演を聴講しました。主催は、公益財団法人 古代学協会で、講師は、元京都市考古学資料館長の梶川敏夫氏です。「古代学協会」は、1951年(昭和26)に大学や,博物館の古代史研究者の有志により、古代学研究の学会を興すことを目指して結成された団体です。発掘調査や 文献史料収集活動を通じて、古代史の研究を推進して来ました。 また、京都市内の各所に、石碑や説明板を設置しています。源氏物語の大島本を所蔵していることでも有名です。企業からの寄付金で運用されている団体ですが、最近は企業の文化事業への出資が低迷し、存続の危機が伝えられています。

 講演の内容は非常に素晴らしく、祥雲寺客殿跡の発掘成果を踏まえた、桃山時代の長谷川等伯とその弟子による多数の壁画についての緻密な考証でした。聴講者は12名と少数でしたが、アカデミックな質疑応答で盛り上がっていました。


「水辺の散策2016」(大山崎ふるさとガイドの会)の紹介

 八幡市の対岸で活動している大山崎ふるさとガイドの会は、会員数約70名で構成され、大山崎町歴史資料館を活動拠点としています。新メンバーは3年ごとに10名程度募集し、自然減を補っています。年中行事となっている散策ツアーは4コースあり、春秋冬のシーズンに合わせて、年4回開催されています。また毎月、地元の歴史等の研修会を開催しているそうです。設立して22年(?)になります。

 3月26日(土)、「水辺の散策コース」に参加しました。参加者は208名、ガイドは全員で約40名、参加者は10名程度のグループに分かれて約8Kmのコースを歩きました。上段の写真のように、緑色のヤッケとベージュ色の帽子が制服です。

 主要ポイントには、説明員が充実した内容の説明資料を用意して待機していました。

 上段左は、山崎の渡し舟を説明しています。上段右は三川合流点の説明をしています。下段左は、嘗て存在した山崎橋の様子を分かりやすい絵を使って説明しています。下段右は、桂川右岸の陸生ヒメボタル(天然記念物)の群生地を説明する説明板です。

 対岸の背割り堤の桜は、2分咲程度でした。天王山の桜も、まだ1-2本しか咲いていません。

 ガイドの方々の詳細かつ親切な説明に感動し、最後にサントリービール工場を見学して、ほろ酔い気分で解散。充実した1日(朝9時から午後4時まで)を過ごしました。参加料は300円でした。


「いばらき観光ウォーク(阿武山縦走:茨木観光ボランティア)」 の紹介

 茨木観光ボランティアは、茨木市観光協会に直接所属するボランティア約20名で構成されていて、「ガイド会」のように組織化されていません。ガイドの必要な行事は毎月1回催行されています。

 3月5日(土)、阿武山縦走に参加しました。参加者は約60名、茨木観光ボランティアガイドは4名、茨木市観光協会女性職員1名で、全体が1列となって 山道を10Km歩きました(山道。健脚向け)。左端の写真に見るように、ガイドさんは茨木市のマスコット「茨木童子」のマークの付いたヤッケを着用し、茨木童子の旗を持って前後に分かれ、終始、参加者の安全を気遣っていました。

 写真中央は阿武山頂上(標高281.2m)です。右端の写真は、中臣(藤原)鎌足の墓です。昭和9年に発掘されましたが、ミイラ化した遺体(髭も髪もあり、一部切り取ったサンプルが現存するとのこと)は、新しい棺に入れて、すぐに埋め戻されたそうです。その際に撮影されたX線写真から、死因となった落馬骨折の跡が確認され、当時の最高冠位である織冠も発見されたため、被葬者が中臣鎌足であると、1987年に朝日新聞で報道されました。

 

 ◎ 茨木童子:大江山の酒呑童子の第一の家来で、源頼光の鬼退治の時には、渡辺綱と戦い、途中から逃げ延びました。後に一条戻り橋で渡辺綱に遭遇し、腕を、安綱作の名刀「髭切り」で切り落とされました。その後、茨木童子は腕を取り戻すため、渡辺綱の屋敷に行き、無事腕を取り戻しました。名刀「髭切り」、または「鬼切り」の実物(国宝)は東京国立博物館にあります。 


八幡観光ガイド会の3月度役員会開催

 3月3日15:30より、3月度役員会が、観光情報ハウスで開催されました。

 出席者は、中村会長、小林副会長、児嶋副会長、中嶋会計役員全員で、途中から、八幡市観光協会の長村事務局長が参加されました。

 石清水八幡宮の国宝指定で、八幡市への観光客の急増が予測されます。特に、来月4月前半は、恒例の桜祭り、つばき展で賑わい、月末はゴールデンウィーク観光客の来訪が予測されます。

 「京のおもてなし」の精神で頑張りましょう。


北野天満宮所蔵の宝刀の紹介


 北野天満宮で開催されている、「学問の神・驚きの宝刀展」を拝観してきました。(展示会は3月13日終了)

拝観動機は、長浜尚次が著した男山考古録(1848年著)の相槌稲荷神社の項に出てくる鬼切丸(髭切)と同じ銘の刀剣(重要文化財)が展示されていたからです。

 天満宮へは明治13年に最上家から奉納されたものですが、最上氏の伝来によれば、源満仲が刀工安綱に作らせた二振りの名刀の内の一つで、長男頼光に与えて以降、源氏・足利氏・斯波氏から出羽最上家へと、源氏の家系に代々相伝されました。「鬼切丸」の号は、頼光が大江山の酒呑童子退治でこれを用いたことや、頼光四天王の渡辺綱が一条戻り橋で茨木童子の腕を切ったことから来ています。男山考古録の相槌神社の項で書かれていることと殆どが符号しています。この刀は、「髭切」→「鬼切」→「獅子の子」→「友切」と呼び名が変りました。

 歴史ロマンを感じされる話ではないでしょうか。来歴からすれば、北野天満宮ではなく石清水八幡宮に奉納されるべき刀であり、残念です。 (中村会長報告)

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 なお、二振りの名刀のもう一本「膝丸」は大覚寺所有の重要文化財です。罪人を試し切りした際、膝まで切れたというのがこの名の由来だそうです。この刀はその後次々と名を変えており、源頼光の代、源頼光が己を熱病に苦しめた土蜘蛛を切ったとされ、その際名を蜘蛛切と改めました。源為義の代には夜に蛇の鳴くような声で吠えたので吠丸と名を改めました。その後、為義の娘婿である熊野別当教真に譲られますが、教信は「源氏重代の刀を自分が持つべきではない」と考え、源氏の母を持つ権現という人物に譲ります。その後権現は源義経に吠丸を譲り、それを大層喜んだ義経は刀の名を薄緑と改めました。その名は熊野の春の山に由来します。 義経が討たれた後、薄緑(膝丸)は、兄の源頼朝のもとに渡り、皮肉にもそこでかつての兄弟刀がひとつの場所に戻りました。

 この他に、「童子切り」(国宝)が東京国立博物館にあります。酒呑童子退治でこれを用いたと伝わり「鬼切」の由来話が二振りの刀について重複し、合計三振りが現存しています。(実は、北野天神で展示されている刀の銘は、安綱ではなく、国綱となっています。「安」の字の周りに四角の囲みを追加して「国」に改変したので本当は安綱作だと説明されていますが、直近で見ても銘は「国綱」としか見えません。こちらは「小狐丸」で、東京国立博物館蔵の方が本物の「鬼切り」なのでは?)  

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  なお、上の写真は、北野天神蔵の鬼切り丸(髭切)です。

 

 ※ 当会の丹波会員の研究報告が、「八幡の歴史を探求する会」会報第29号ー相槌神社ーに掲載されています。

    http://yrekitan.exblog.jp/21425196/

 石清水八幡宮の登り口の下馬碑の傍にある、「三條小鍛冶相槌神社」が、上記二振りの宝刀製作に関係したという興味深い報告です。 八幡市の相鎚神社は説明板も無く、知る人ぞ知るといった風情です。 

  写真左が京都市三条通り北にある相槌稲荷大明神で、三条鍛冶集団に属する刀匠宗近が伏見稲荷蹴上付近の「稲荷山」の御百稲荷【東山区、現在の都ホテル内とも云う】)に参拝し、稲荷の使い(狐?)が相槌を打って名刀「小狐丸」(九条家旧蔵、現在は所在不明)を打ち上げたという伝説があります。宗近は、作刀に逢坂の関近くの「走井(はしり井)」の井水を使い、和菓子の「走井餅」(走井餅老舗、八幡市。大津の本家は廃業。その跡は現在、月心寺)は、その刀の形に由来していると伝えられています。また、祇園祭の長刀鉾の鉾頭の長刀は宗近の作と伝えられています。

 写真右が八幡市の相槌(稲荷)社で、石清水八幡宮に刀匠安綱が参拝し、この場所で、隣にある山の井の水を使って刀を打っていたところ、八幡神(の使いの狐?)が相槌を打ち、名刀「髭切り」、「膝切り」の二振りが誕生したという伝説があります。 宗近と安綱は同時代(平安中期)の刀匠ですが、作刀由来話が少し入り混じっているようです。

   詳しくは、上記丹波会員の研究報告を御参照下さい。


八幡市の「背割り堤」の勉強会を開催しました


 2月8日(火)午後、淀川河川公園事務所の専門家をお招きして、昭和5年に付け替えられた現在の背割り堤と桜並木の歴史について勉強しました。背割り堤は、瀬割り堤とも言い、2つの河川が合流したり、隣合う流れの異なる2河川の合流をなめらかにしたり、一方の川の影響が他方に及ばないように2つの川の間に設ける堤防です。宇治川への逆流を防止するため、昭和5年に木津川と宇治川の合流点に設けられた背割り堤は、現在、京阪電車沿線の桜の名所になっています。 

 大変興味深い話題ですので、3月8日(火)午後、引き続いて淀川治水の歴史を学びます。

 3月下旬から4月初旬にかけて、木津川と宇治川を分離する背割り堤で、250本のソメイヨシノが開花します。全長1.4Kmの土手は、以前は松並木でしたが、その後虫害で松が枯れました。そこで、新たに桜の木が植えられ、継続して桜樹の手入れが行われた結果樹、現在では樹齢約40年の立派な桜並木に変貌しました。 今年の「桜祭り」は、4月1日~4月10日に開催されます。 

 上段の写真は、背割り堤を上空から見た写真と、背割り堤の桜。

 下段の写真は、背割り堤の付け替え工事風景と、昔の松並木の写真/絵図です。 (小林武副会長提供)


藤本先生の「中世都市 八幡」講演会を聴講しました

2月14日(日)13:30より、「八幡の歴史を探求する会」主催の、「中世都市 八幡」(講師:武庫川女子大学 藤本史子先生)が松花堂美術館講習室で開催されました。参加者は約60名、当会からの聴講者は8名でした。

 通常の門前町(鳥居前町)とは少し異なる発展をしてきた八幡の町の中世の様子が、古文書、古地図及び発掘調査により次第に明らかになった経緯を、出典を明らかにしながら明快にお話しいただきました。

 歴史マニアとは大きく異なる、歴史研究者としての緻密な分析が展開され、説得力のあるお話に感銘を受けました。 このような講習会を通じて、八幡とその歴史を愛する人が増えると良いですね。


第1回 新入会員研修会を開催しました

 2月10日15:30より、新人研修会を、観光情報ハウスで開催しました。講師は涌田会員、中尾会員です。参加者は9名。最新会員の田中さんも参加されました。研修会の内容は、①涌田、中尾会員の観光ガイド体験報告②観光ガイドの基礎知識の2部構成で、今後も定期的に(月1回程度)継続開催することになりました。


私達の中国人(香港、台湾)観光客歓迎策



 観光情報ハウス前には、上の写真左側のような看板を出して中国人(香港、台湾人)歓迎を表明しています。また、ハウス内では、上写真中央のような掲示を出して、筆談のお願いをしています。

 上右の写真は、春節に来訪したベトナム人団体のアオザイ姿です。可愛いですね。ベトナム語の、「こんにちは」は、Xin chào:シン・チャオです。大きな声で話しかけましょう!

 今年の春節休暇では、八幡市への中国人来訪者は少数でした。4月の桜シーズンには増加する可能性がありますので、中国語対応を準備中です。 中国語の「こんにちは」は、Nǐ hǎo: ニーハオです。こちらも大声で声掛けしましょう!

 筆談は小型の白板を使います。当会の外国人(特に英語、中国語)対応策は現在準備中です。英語の観光パンフレットは、間もなくできますし、会話はゼスチャも含めれば何とかなりそうです。但し、中国語のヒヤリングは難しいので、共通文字である漢字を利用して、筆談で意思疎通できるよう工夫します。

 英語、中国語、韓国語、スペイン語の他、東南アジア(タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど)の言語への対応も検討中です。 語学に堪能な方の入会をお待ちしています。(初級でも可)

 他地域のボランティア団体が製作している東南アジア各国語の指さし会話シートなどが利用できると良いですね。


八幡市 四季彩館で闘茶(茶香服:ちゃかぶき)に挑戦!

 2月5日、八幡市の四季彩館で行われた聞き茶大会「都々城茶生産組合長杯茶香服」に中村会長、中嶋役員、樋上会員の3名が参加しました。参加者は約40名。八幡碾茶、宇治玉露、宇治煎茶、静岡煎茶、鹿児島煎茶の5種類の銘柄を聞き分けるコンテストです。

 最初に5種類のお茶の葉の香りや色を覚えて、1杯飲んではその銘柄のシールを解答用紙に貼り、答え合わせをします。

 これを5回繰り返して正解の多かった人が優勝です。今回は同点者が2名でしたので優勝はジャンケンで決まり、宇治市の方が優勝しました。 当会から参加した3名は、初参加で全員撃沈でしたが、普段飲むことのできない高級なお茶を楽しむことが出来て満足でした。 来年は、当会の観光ツアーに茶香服を加えたイベントを企画ができたらいいなと思います。 (樋上 幸子会員投稿)

 

※1 茶かぶきは利き酒と同じで、茶の特質を当てるゲーム(遊び)です. 茶歌舞伎や茶香服とも書きますが、闘茶とも言います。

  この遊びは中世初期に、茶の栽培や製造方法と一緒に宋から日本に伝えられました。今日の茶かぶきは、玉露と煎茶が主に用いられ、茶産地や茶業関係者の間で盛んに行われています。茶かぶきは娯楽だけでなく、茶の鑑定眼を養うとともに茶の製造技術の向上に役立っています。

※2 写真左上から、会場風景、5銘柄、八幡市産碾茶、写真左下から、中村会長、中嶋役員の挑戦風景、表彰式。


八幡駅前の「あしはら食堂」を紹介します

 京阪八幡市駅前のバスロータリーの南側、スーパー 「ツジトミ」の向かい側に 「あしはら食堂」があります。

  親しみやすい雰囲気の店内でゆっくりと食事する事ができます。 「おまかせ定食」800円の他、オムライスやコロッケが有名です。

                 〒614-8005 京都府八幡市八幡高坊25 

                      定休日:なし        TEL 075-981-0708


宇治茶文化講座(佐藤明子先生)を受講しました


 1月20日午後、京都文教大学で「番茶いろいろ多様な文化」という演題で、日本茶インストラクター伊藤明子先生の講義がありました。出席者は約80名で、盛況でした。(昨年9月から始まった「宇治茶文化講座2015」の第6回目の講座です)

 番茶は一般に下級煎茶一般を指します。一番茶、二番茶、三番茶の茶期の間に摘採した茶葉で製造した茶を指しますが、もともとは、晩く採った葉で作る茶を「ばんちゃ(晩茶)」と呼んでいたとのこと。色は緑色、茶色など様々です。京番茶は、京都地方に伝わるお茶で、大きな葉をそのまま蒸して揉まずに乾燥させ、炒って作る、焙じタイプの番茶です。炒る時に発生する煙から来るスモーキーフレーバーが特長です。庶民の日常生活に密着した茶なので、地方毎に異なった色や香りの番茶が生産されています。

 一方、「ほうじ茶(焙じ茶)は、煎茶や番茶などを強い火で焙って製造したものをいいます。高温で焙煎するので、すべて茶色です。 玉露や煎茶より下位に格付けされ、番茶や玄米茶などと同格です。会場では、2種類の番茶を試飲出来ました。

 各地の番茶製造工程を実際に訪問して研究された伊藤先生のお話は具体的で、非常に興味深く聞けました。


中村武生先生の「三宅安兵衛」に関する講演を聴講しました


1月17日、八幡市文化センターで、中村武生先生の「三宅安兵衛碑と八幡の歴史創出」というテーマの講演があり、当会からは7名が聴講しました。三宅安兵衛碑は、昭和4年までに建碑され、京都府下に288基ありますが、その内88基が八幡市内にあります。八幡市内に多数存在する理由と、建碑者の三宅清治郎、およびその協力者西村芳次郎についての調査報告など、興味深いお話に時間を忘れました。


やわた観光ガイド協会の1月度月例会を開催しました


1月12日(火)13:30より、八幡市市民協働活動センターで、1月度月例会を開催しました。出席者は会員15名、八幡市観光協会から2名の合計17名で、冒頭、(一般社団法人)八幡市観光協会の長村事務局長より新年のご挨拶を戴きました。 

 


観光情報ハウス新年オープン


1月4日、観光情報ハウスは新年初のオープンです。 出勤者は豊田会員、金田会員です。

来訪者は結構多く、約90名でした。周辺の出店はあまり多くありませんが、松の内は営業しています。


今年も写そう、石清水八幡宮雪景色!

八幡市郷土史会の和田氏に提供戴いた、石清水八幡宮の冬景色です。 石清水八幡宮の冬季の魅力が一杯です。

「冬の八幡に行こう!」のキャンペーンに使えますね! 今年の冬景色も狙いましょう。


正月の石清水八幡宮風景


善法律寺の美化活動

 今年も、12月14日午前10時から、紅葉の美しい善法律寺の清掃作業を「都草」会員24名と「やわた観光ガイド協会」の会員6名が協力して行いました。

 昨年は雨の為、清掃作業は中止となり本堂の拝観だけに終わりましたが、今年は晴天に恵まれ、すがすがしい気分のもと、作業は11時過ぎに終わり、その後、本堂の拝観をして散会しました。 


ツアー幹事さんへの旅行相談サービス風景


 ハウスオープンから1ケ月半、来訪者への観光相談サービスも本格化しました。八幡市内の道路状況や施設等の情報に詳しい観光ガイドが親切に相談に乗っています。


「やましろ観光ボランティアガイド交流会(於 和束町)」に参加し、他地域の観光ガイド団体との連携を進めています。


12月10日(木)、和束町で開催された標記交流会に、当会から4名が参加しました。

開催場所: 京都府相楽郡和束町 グリーンティー和束

参加者:やましろ地区観光ボランティア団体および関係者  計53名

内容: 各団体から提出された「ちーたび(ミニツアー)」の

    企画案について、活発な検討が行われました。

感想: お茶の入れ方講習、茶畑、磨崖仏見学などもあり、有意義な1日でした。 山城地区の観光ボランティア団体の活動状況や、茶畑の様子もよくわかりました。


第12回神応寺紅葉祭りに参加しました


 11月28日、29日両日共、好天に恵まれ盛会でした。特に、29日の午後からは、島実蔵氏の特別講演「淀屋と忠臣蔵」が行われ100名以上の聴講者で大いに賑わいました。


京都新聞(山城版)で「石清水八幡宮国宝指定へ!」(観光活性化の風生かせ)という記事が掲載されました。

観光活性化へ追い風! (11月23日京都新聞)

(1)八幡市観光協会の 長村事務局長談:11月1日に京阪八幡市駅前に観光情報施設を開設した。ボランティアガイドが常駐し、観光客に名所案内をする。参拝客や観光客へのおもてなしの場を絶やさない。飲食店の情報も発信したい。

(2)観光協会理事長の田中 石清水八幡宮宮司談:駅前活性化の拠点として必要。国宝指定をアピールするポスターを商店に配る。

(3)八幡市商工会の藤井事務局次長談:八幡宮の門前町として栄えた八幡の賑わいを再現したい。

(4)八幡市 堀口市長談:伝統文化公演や文化財展示をする。

(5)八幡たけくらぶ:11月21日から12月6日まで、観光客を案内する。

(6)八幡の歴史を探求する会:境内一帯に残る僧房遺跡を見学するツアー開催。

(7)八幡市会議員 鷹野氏談:駅前ロータリーを再整備して、観光の玄関口にしたい。

(8)旧街道沿い活性化市民グループ:活性化を目指す。

 


「近畿歴史まちづくりサミット in 京都」に参加しました

 国土交通省近畿地方整備局と京都市共催の「近畿歴史まちづくりサミット in 京都」が、11月22日午後、上京区上七軒歌舞練場で開催されました。京都市、彦根市、長浜市、近江八幡市、宇治市、向日市、堺市、奈良市、斑鳩町、天理市の首長が出席して、歴史遺産の保存と活用について、各首長から、「官・学・産・民」のコラボが成功のカギであるという力強い発表がありました。特に、近江八幡市からは、NHK連続朝ドラ「あさが来た」の”はつ”の嫁入りシーン撮影でも使用された八幡堀が、多くの市民のボランティア活動を契機として保存・再生できた経緯が紹介されました。最後に、「まち・ひと・しごと・こころ」を大切にしたまちづくりを謳った「近畿歴史まちづくりサミット宣言」が発表されました。 来年は斑鳩町で開催されます。八幡市も、このサミットに参加できると良いですね。


やわた観光ガイド協会の研修を神応寺で実施

  11月20日、神応寺境内のモミジの紅葉は、まだ少し早いようですが、イチョウは奇麗な黄色に染まっています。

  参加者は15名、神応寺ご住職夫妻と中村会長、秋津川会員他の懇切な説明で、有意義な研修ができました。


和菓子の写真は、「ユッキーさん」のブログ http://1210yukky.blog.fc2.com/blog-entry-363.html と、「お試しキッチン」ブログhttp://www.t-kitchen.info/post-4405/から拝借しました。ありがとうございました。


11月14日、「観光情報ハウス」が京都新聞で紹介されました

 トップ見出しが「八幡の土産物店 経営不振で閉店」というのは一寸残念ですが、「観光情報ハウス」の名前が大きく書いてあるので、宣伝効果はあったと思います。写真右端が小林副会長です。


観光情報ハウスの来訪者数

 11月12日午前の勤務者は、田邉会員と涌田会員、午後の勤務者は、田邉会員と小林副会長でした。

 訪問者数は比較的安定しています。午前中は10-15名程度、午後は3-5名程度です。観光先のパンフレット入手やアクセスの問い合わせが多いのですが、毎日1名程度は、詳細な説明を要求される方がいます。

 いよいよ紅葉の季節を迎えます。11月末から12月初めに向けて、多数の観光客が来訪します。「おもてなし」の心で親切な応対を心掛けます。  


やわたガイド協会11月度月例会を開催しました

 11月10日13:30より、八幡市民協働活動センターにて開催。

 出席者は16名+観光協会2名の計18名でした。

 11月中の観光ガイド申し込みは延べ10件、12月の申し込みは2件でした。紅葉の季節なので多忙です。

 観光情報ハウスは、11月1日にオープンして、毎日2名が勤務していますが、11月後半は観光客数が急増するので勤務者の確保が課題です。

 

 ガイド資料「やわた散策」の訂正については、次回に延期になりました。 


オープン早々の来訪者を紹介します

11月7日来訪者。左の2枚は、観光業界志望の大阪工業大学の大池さんと児嶋副会長。右の2枚は、丹波会員と歴史談義の尽きない、やわた竹クラブ・八幡市郷土史会の和田さん。和田さんからは、八幡名産「八幡黒(黒く染めた柔黒く染めた柔らかい革。山城国(京都府)八幡に住む神人らが製したところからいう。下駄の鼻緒などに用いた)」のお話を伺いました。


11月5日、会員勤務中のスナップ


2015年11月2, 3, 4日 会員勤務中のスナップ


2015年11月1日 観光情報ハウス」オープン後の賑わい

 ハウスオープン前から、沢山の観光客がハウスを訪れました。初日午前中は来訪者が多く、特に、国宝に指定された石清水八幡宮関係のパンフレットが不足気味でした。ベテラン会員の懇切丁寧な説明と、優しい応対で、観光客の方々にも十分ご満足いただけました。


11月1日、「観光情報ハウス」開所式が行なわれました

11月1日朝10時、八幡市観光協会事務局長ご列席のもと、開所式が行われました。当会の中島進役員、長村敏弘事務局長の祝辞の後、参加者全員で、八幡市観光業の更なる発展と、やわた観光ガイド会の一層の飛躍を祈念して乾杯しました。


八幡市駅前に「観光情報ハウス」がオープンしました!

今まで、「おみやげやげハウス」として親しまれてきた、京阪八幡市駅改札口前の店舗が平成27年11月1日から、新たに「観光情報ハウス」として生まれ変わりました。ハウス内部には、八幡市および京都府下観光地のパンフレットを多く取り揃えて観光客の方々に展示・配布しています。

 常時、やわた観光ガイド協会の会員2名が駐在して、八幡市内の観光に関する情報を提供しています。また、スタッフに余裕のある場合には、八幡市駅付近の、ミニ観光ガイドツアー(無料)も実施する予定です。

 その他、外国人観光客の方々の英語でのご質問、ご相談にも、可能な限りお答えします。中国語、韓国語、スペイン語にも対応できるよう準備中です。

 「窓口案内ボランティア会員」募集中です。外国人観光客を含む観光客の方々との、窓口での楽しい交流体験の機会になります。

 


観光情報ハウス」オープン事前研修会を実施しました

 10月27日13:30より、会員有志11名が参加して、オープン準備中の「観光情報ハウス」内で、事前研修会が開催されました。

 講師は、長村観光協会事務局長と、八幡市観光案内所の奥職員で、長時間にわたり、既設の「八幡市観光案内所」の観光案内状況について、実績と、おもてなし接客のノウハウについてお話を頂きました。

 「観光情報ハウス」は、今まで「八幡市観光案内所」で展示・配布していた八幡市の観光パンフレットだけでは、京都観光のお客様への情報提供が不十分なため、より広域の京都府下観光地のパンフレットも併せて展示・配布できる広域観光情報提供場所として新設されました。

 京都駅ビル2階の南北自由通路沿いの京都総合観光案内所(愛称:京なび)のパンフレット展示コーナと同等の役割が期待されています。京なび」では、パンフレットの展示・配布だけでなく、京都府内全域の観光案内、観光情報発信等を多言語・ワンストップで行い、観光客の方々の利便性、満足度の向上を図っています。今回新設された、八幡市駅前の「観光情報ハウス」では、既設の「八幡市観光案内所」と、役割を分担し、京なび」をお手本に、八幡市にお越しの観光客の方々の、いろいろなニーズにお応え出来るよう、充実した案内サービスを実現します。 


10月24日、25日に、正法寺の秋の公開が行われました。

10月24日(土)、25日(日)に、紅葉の季節に先駆けて、秋の公開が行われました。

「やわたボランティア観光ガイド」が、ご参拝客のご希望に応じ、30分から120分の懇切丁寧な観光案内をし、大変好評でした。

 次回は、紅葉シーズン真盛りの 11月21日(土)、22日(日)、

10:00-15:00 の間、特別公開されます。

 なお、10名以上の団体であれば、事前にご相談いただければ、上記以外の日でも参拝できます。(TEL:075-981-0012) 

 


10月17日、やわたボランティアガイドの研修会風景

 左の写真は、2015年10月17日に開催された、」やわた観光ガイド協会新人研修会のスナップです。 研修は定期的に実施していますが、入会希望者は随時受け付けますので、上記、「観光情報ハウス」でお申し込みください。 年会費は1,000円です。

 一定時間の講義と実地研修を受けられた後に正会員として登録されます。自発的な活動が主ですので、活動報酬は、ありません(無償)。

 最近では、京都府内各地で、他地域の観光ボランティアガイド団体との合同研修会が開催されています。会員は自由に参加することができます。   


八幡市に新たな観光拠点ができます

八幡市の桜の名所、三川(桂川、宇治川、木津川)合流地域の「背割り堤」に、新たな観光拠点が建設されます

 仮称「三川合流域サービスセンター」(約800平方メートル)には、高さ29メートルの展望塔(展望室77㎡)や管理棟、イベント会場として使用できるスペース等を備えています。(総事業費約7億円。2016年1月末に管理棟着工、3月末に展望塔着工、2017年3月オープン予定)

 管理棟は木造平屋で床面積606㎡。和風建築のデザインで、イベント広場(143㎡)、情報発信スペース、学習室、会議室などが設置されます。また、八幡市内の地元特産物を販売するスペース設置も計画されています。

 八幡市観光基本計画では、貴重な自然環境を保全する三川合流部は、市民や来訪者のリフレッシュ空間 として、また自然災害の学習や災害時の拠点施設として、これまでの「水に親しむ」と いう「親水」から、水とともにたわむれ、自然を味わいよろこぶ「歓水」の活動拠点とされています。

 具体的には、舟運の盛んだった昔をしのび、渡し船や三十石船など の復活や船着場の活用を進めることになっています。